コメント行はソースコード行数に含めるべきか

ソースコードのカウントの話をしていたら「コメント行を生産性指標のソースコード行数に含めるべきか」という話題でもりあがったのでちょっと分類してみる

生産性だよ派
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   ├─1行のソースを書くより1行のコメントを書く方が難しいよ派(コメント思考主義)
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   ├─コメントがしっかり書かれている方が保守しやすいよ派(保守主義)
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   ├─コメントの無いスパゲッティーに泣かされた経験あるよ派(経験主義)
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   └─ソースはみんなのもの派(ソース共産主義)

生産性じゃないよ派
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   ├─動くものが顧客の価値なんだよ派(動作第一主義)
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   ├─コメント無くても理解できるソースが有るべき姿だよ派(職人主義)
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   ├─コメントに対してテストケースは発生しないよ派(テスト主義)
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   ├─テストケース密度を図るためにコード行数が欲しいよ派(テスト密度主義)
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   ├─良くわからないけど皆がそう言ってるからそうしてるよ派(日和見主義)
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   ├─コメント書くのめんどくさいよ派(怠惰主義)
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   │       ├─とりあえず動けばいいよ派
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   │       └─単純にめんどくさいよ派
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   ├─現地語でかかれたコメントで納品されても困るよ派(オフショア主義)
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   └─読んでも意味が分からないコメント書かれても困るよ派(ゆとり主義)

そもそもソースコード行数で生産性は測れないよ派
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   ├─三項演算子つかったら短くなるよ派(コードゴルファー主義)
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   ├─書き方によって行数かわるよ派(個人主義)
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   ├─抽象化したら生産性下がっちゃうよ?派(抽象主義)
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   └─リファクタリングの生産性とか見れないよ派(リファクタリング主義)

生産性なんて興味無いよ派(過激派)
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   └─知ってどうするの派(諦め主義)